04)入園
「おじいちゃんおはよ〜!ねえねえ、起きてよねえ!」
「いやじゃいやじゃ!わしゃ死んでも起きんぞ!」
今年5歳になる孫のアユに揺すられても、一向に起きようとしないおじいさんがここにいる。
「なにいってのぉ。お誕生日じゃないのぉ」
「いやじゃいやじゃ!なおいやじゃ!」
「だめだよお〜!めでたく65歳の誕生日なんだからぁ〜」
「いやじゃいやじゃ〜〜〜!」
今日は亜鬼場(アキバ)拓治郎(タクジロウ)、満65歳の誕生日である。
階下のリビングルームでは拓治郎のバースデイパーティの準備が整い、
娘夫婦、孫、そして御近所の数人が集まっていた。
しかし、かんじんかなめの当人、拓治郎がこの調子である。
朝からまるで起きようとしない。いや起きていてもベッドからは出ようとしないのだ。
みかねた孫のアユが、2階の部屋まで起こしにきたのだが・・・
「おじいちゃ〜ん。みんなさっきから待ってるよお?」
「いやじゃ!」
「大好物のケーキもあるんだよお?」
「い・や・じゃ!絶対いやじゃ!」
拓治郎がベッドから出てこないのには理由がある。
今や超高齢国家となった日本がかかえる高齢者問題対策として、
2035年に国会で可決された義務養護法案によって、
満65歳を迎えた高齢者はみな、強制的に養老院への入院が義務付けられている。
拓治郎は今日で満65歳。
そう、このパーティが終ったら、今日中に養老院に入らねばならないのだ。
すでに本日付けで地元の公立養老院、
横浜市立富岡長寿園への入園が決まっている拓治郎ではあるが、
無理を承知の最後の抵抗なわけである。
「おじいちゃ〜ん。このまま寝ててもどおにもなんないよお?」
「ううう・・・でも、アユよ。お前はワシがいなくなっても寂しくないのかあ?」
「そりゃアユもさびしいけどさ、でもさ、近所じゃん。それにユ〜ジくんちのおじいちゃんも、マコちゃんちのおばあちゃんも、みんなあすこにいるんだよお?」
「ううう・・」
「そういうきまりなんだから、わがままいったらダメじゃないの。いつもおじいちゃんアユにいってるじゃん。きそくはまもらなきゃいけないって」
「ううう・・」
「毎日アユ面会に行ってあげるよお」
「ううう・・」
「おじいちゃんの大好きなお菓子も毎日アユが差し入れしたげるよお」
「ううう・・」
「あ ところでおじいちゃん?ゆうべまた、夜中にこっそりでかけなかった?」
「ん? ん?ん?ん? な・なんの話じゃ? い・いや。ワシはぐっすり寝ていたど?(汗)」
「そ?明け方にこっそり帰ってこなかった?」
「いやいやいや。わしゃしらんぞ?、な・なんの話だ?(汗)」
「そ?アユ、今朝、なんかすごく早く目がさめちゃってさ」
「そ・そうか・・・は・早起きはいいことだ・・・な・・・(汗)」
「まいっか。とにかくおじいちゃんってばぁ。早く起きてよお。」
「ううう・・・」
亜鬼場拓治郎65歳。
この2時間後、5歳の孫アユに手をひかれ、しぶしぶ長寿園の門をくぐるのであった。
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