08)プッシュアップ


入園の時からまるまる一週間、
自分の部屋にこもりっきりだった拓治郎ではあったが、
そろそろふてくされるのに飽きてきた様子。
元来B型の彼は、一週間以上は落ち込めない性分なのだ。

「ううう・・・暇すぎる・・・・」

どうせもう入園してしまったのだから、ならば
開き直ってここでの生活をエンジョイすべきなのではないか?
そんな気にもなってきていた。

そういう気持ちで、あらためて部屋の中を見渡して見る。

「よく見ると、わりといいトコじゃんか・・・にはは・・・美和ちゃんのポスターでも貼るかな?」

なんだか急に、元気が出てきたようだ。
ふてくされて何もせずにいたせいもあって、そもそもエネルギーは有り余っている。

「お守り首にさげてるなんて、甲子園球児っぽくてイメージじゃあないが、せっかくアユがくれたんだ。やっとこかな・・・」
テーブルの上に置いてあった入園の日に孫のアユからもらったお守りを手にとり、首からかけてシャツの中に入れた。

さて次はどうしたもんかと思ったその時、携帯が鳴った。
液晶の着信を見ると、金沢八景にある養老院、八景園にいるヤマケンこと山本健太郎からだ。

「おお ケンちゃん どした?」
《おいおい。どうしたはないだろどうしたは。連絡ねえから心配して電話したのによお。園の生活はど〜だ?慣れたか?》
「ん?俺か?ん〜〜。今日までふてくされてたんで慣れるも慣れないもね〜わ。がはは」

ここで、諸君は不思議な事に気がついたと思う。
普段は年齢相応に高齢者らしくふるまってはいるが、
拓治郎は、昔からの不良仲間と会話する時は“おじい言葉”は使わない。
それは拓治郎だけでなく、なぜか仲間内ではみなそうだ。
ヤマケンは高校時代からのツレで、3ヶ月前にワルのうじゃうじゃいる八景園に入るやいなや全学年をシメ、
現在八景園のアタマをはっている武闘派の猛者(もさ)だ。

《そかそか。まぁ、た〜ちゃんの事だから、だいじょぶだとは思うけどな。あのさ、今日はちょこっと耳に入れときたい話があんだお》
「ん?なんだそりゃ?おいしい話か?」
《それがあんまいい話じゃねえんだけどさ・・・た〜ちゃん釜利谷園って知ってっか?》
「おお。ここの近所のホームだろ?たしかダンピのいる園だろ?それがどちた?」
《あいかわらずのん気だなぁ・・・先週、釜利谷が潰されたんだよ》
「ん?釜利谷が?潰された?ほえ?・・・意味わかんね〜よ」
《だからよお。先週、釜利谷園が明光園につぶされたんだよ》
「ん?もっかしてケンカの話か?」
《そうだそう。そゆこと。あのガラの悪い私立の男子園の明光だよ。
最近あすこは勢力拡大にやっきになってるからな。そこら辺の園をはじから潰しにかかってるみたいだぞ?
そろそろトミチョ〜(富岡長寿園)もやばいって噂聞いてな。た〜ちゃんの耳に入れとこと思ったんだよ》
「ふ〜ん。でもよ。釜利谷はダンピがいんじゃんか?なのに潰されたのか?あいつメッチャつおいぞ?」
《それがよお。ダンピは持病の痛風がひどくてな。ホントはもうケンカどこじゃなかったんだけど、
でも園ではいちおアタマはってんじゃんか。だから無理して明光のアタマの黒澤とタイマンはってよお・・・もうぼこぼこ》
「・・・・・」
《あすこはダンピで持ってたような園だからよお。もう完全に明光の傘下にされちまったみてえだ》
「・・・・・」
《とにかくた〜ちゃんとこも気〜つけれや。あいつらやり方がえげつないからよお。用心にこしたこたぁないぞ》
「・・・・わかった」
《もしなんかあったら連絡してな。かけつけっからよ。俺も明光の黒澤のジジイには借りがあんだよ》
「おお。さんきゅう。ところで、その黒澤ってえヤツはそんなにつおいのか?」
《た〜ちゃんほどじゃあないが、なんでも若い頃はK-1にも出てたらしい。190cmはある大ジジイだ。汚ね〜手も使うからとにかく気〜つけてな》
「ふ〜ん。そっか。ほいじゃな」

電話を切ったあと、なんじゃそれ?と、ちょこっと呆れた拓治郎ではあったが、
久々のケツがムズムズする感覚とでもいうか、血の騒ぎを実感していた。

「養老院っつうとこも、まんざら悪くないかも・・・がはは」

拓治郎は、床にほうり投げてあったスポーツバッグの中からプッシュアップバーを取り出し、
一週間ぶりの腕立て伏せを始めるのであった。




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