11)襲撃


ずいぶんと園の生活に順応してきた拓治郎ではあったが、
高校時代(遠い昔ではあるが)と同じように、ど〜も授業は苦手であった。

何かを習うとか、何かを練習するってのはけっして嫌いじゃあないのであるが、
それはあくまでも、自分がそうしたい!と思った時の話だ。

いや逆に、自分がそうしたい!と思った時は、常人には考えられないような驚くべき根性を発揮する拓治郎であった。
しかし残念ながら、今日も、そうしたい!とは思えない日のようである。

ポカポカと暖かい午前中の爽やかな太陽が自分の為に心地よく暖めてくれた、園の裏庭の入ってはいけない柵の中の芝生の上で、
授業の時間を今日ものんびりと居眠りしてすごす拓治郎。
いつの間にかここは、拓治郎の昼寝(?)スポットになっていた。
きれいに手入れされた芝生のこの部分だけ、拓治郎の背丈の人型に芝がくぼんでしまっている。
今ごろ年少新鮮組のクラスメート達は、技術家庭の“盆栽入門”の授業で、
扱いのちょっと難しい“ゴヨウマツ”と奮闘しているに違いない。

「ふぁ〜〜〜〜〜っ!」

寝そべったままデカイあくびを一発。途端に涙が出てきたので、上半身を起こし、サングラス(遠近両用)をはずして目をこする。

「ん?」

身体を起こした拓治郎の前に、誰かが立っていた。

太陽を背にうけて立つその人物の顔を見ようとするのだが、
涙目だし、起きたばっかなのでやたらと眩しい。
しかし、どうやら男であることは間違いない・・・ちょっとがっかり。

「ん?だれじゃ?なんかよ〜か?」

「・・・亜鬼場(アキバ)さんですよね?」

「ん?そ〜じゃが?」

「あんたに恨みはないが、訳あってタマとらせてもらいます」

そう言うやいなや、その男がいきなり拓治郎に襲いかかる。

「死ねぇこらぁ〜〜〜〜〜!」

芝生の上で脚を放り出したまま、寝起きで、しかもあくびの涙目をゴシゴシしてる最中の拓治郎めがけ、
金属バットがうなりをあげ振り下ろされる。不意打ちとはまさにこのことだ。

ブンッ!

間一髪。バットを振り下ろした男の踏み込んだ膝頭を、拓治郎は座ったままの体制から、
園則違反のかかとをつぶした上履きの底でおもいきり蹴った。

グギッ!

男の膝が一瞬逆の方向に“く”の字に曲がり、一直線に拓治郎の頭に向かっていたバットの軌道がグニャリと横にずれる。

どずっ!

頭をかすめたバットが芝生の地面にめりこんだ瞬間。

「じょおとぉだぁ〜〜〜〜!」

跳び起きざま、膝を折られて前に倒れ込む男に、下からそのままその男の鼻めがけて拓治郎の“チョーパン(頭突き)”がカウンターで炸裂。

ごんっ!

2秒にも満たない一瞬で勝負は終った。

「ててて・・・ちっくしょういきなり危ね〜じゃねえか・・・馬鹿」

多少チョ〜パンで赤くなったおでこを押さえて、気絶している男を見下ろす拓治郎。
昔から頭の硬さには定評がある。
今度はその男が大の字になってポカポカと暖かい芝生の上で昼寝(ノックダウン?)していた。

「それにしてもなんなんだこいつ?そんなワルモンにゃみえねえけどなぁ・・・」

ようやく騒ぎを聞きつけた職員や園の生徒が、どやどやと裏庭に走ってくる。

「ど・ど〜したんですかああああ?」
「なんじゃ?なんじゃ?なんじゃ?」
「御用だ!御用だ!御用だ!」
「なんまいだぁ〜なんまいだぁ〜」

ワイワイガヤガヤと、泡を食った顔の教頭先生を先頭に、わけのわかってないじいさん、
なにかとすぐ拝む例のばあさん等、とにかく、おなじみの長寿園のヤジウマ達が集まってきた。

拓治郎は、ヤジ馬の中に医務室の先生を見つけると、

「先生、こいつ医務室で面倒見てやってくれ」

それだけ言い残すと、とりあえず裏庭を後にした。

歩きながら、入園の日、孫のアユに渡された胸のお守りをシャツの上から握る。

「くわばらくわばら・・・でも、アユよ、だんだん面白くなってきやがったぜ・・・ あ そろそろ昼メシの時間じゃん」




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