12)ヘリコプター


「余計なお世話かもしんねえけどよぉ・・・訳、話してみねえか?」

翌日、医務室にある白に塗装されたスチール製の3モーターベッドで上半身を起こした状態にして横たわる、
昨日の襲撃男に拓治郎が言った。

鼻の処置で顔の真ん中がたいそう痛々しいその男は、無言のまま、しかししっかりとした力のある眼で、
ベッドの横のパイプ椅子にすわった拓治郎を見る。
年齢は拓治郎と同じくらい。いや、すこし若いかもしれない。まだふさふさとした白髪はリーゼント風。
鼻が折れてなきゃかなりの二枚目っぽい。パッと見、よくいる拓治郎と同じ元ヤンじじいではあるが、
ちゃらちゃらしたところがまるでない、硬派で真面目な気合の入った雰囲気を漂わせている。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

先ほど拓治郎が先生と看護婦に席をはずさせたので、沈黙の続く医務室には拓治郎とその男だけ。

男はふっと拓治郎から視線をはずし、吊り上げ固定された自分の右足を見る。
鼻の骨折と右の膝の脱臼以外は無傷で脳波にも異常はなく、膝もしばらくすれば歩けるようになるそうだが、
少なくともあと一週間は、このままベッドで安静にしていなければならないだろう。

沈黙の中、拓治郎は椅子から立ち上がると窓のところへ行き、しまっている白いブラインドのスラットを開け、
スラットの隙間から指を入れのぞくように外を見た。そして一気にブラインドを一番上まで引き上げ、サッシの窓を開ける。
昨日とおなじ暖かい陽射しと気持ちのいい乾いた新鮮な外気が、沈黙で重くなった医務室の中に入り込んできた。

窓から見える鎌倉へと続く朝比奈の山々を、眩しそうに眼を細めて眺めながら拓治郎は言った。

「昨日ぶっとばした相手にこんなこと言うのもなんだけどよぉ。俺にはあんたがワルイヤツには見えねえんだよ」

「・・・・・・」

「それに昨日のあんた、刺客にしちゃいまいち迫力に欠けてたぜ?正直、殺意に迷いがあったんじゃんか?」

「・・・・・・」

男は無言のまま、何か思いつめた表情をしている。

「あんたは昨日殴りかかる前、俺に恨みはないと言った。だったら俺もあんたには恨みなんてねえよ」

「・・・・・・」

ちょうどその時、晴れ渡った長寿園の上空に、軍用のヘリコプターが飛んで来た。
横須賀が近いこのあたりは、日中でもヘリコプターの往来をよく目にする。
ヘリの大きなエンジン音がだんだんと近づき、開け放した窓から沈黙した部屋を振るわせる。

「うっひゃぁ。すげえ音だなぁ」

ヘリが真上に来ると拓治郎は耳を手で押さえ、思わず窓から顔を出すと、
まるで子供のように無邪気な顔で、見えなくなるまでヘリを目で追いかけていた。

「あんたも、そこで犬がションベンしてるみてえなカッコで寝てね〜で、あのヘリ見てみろや。すげえど?
俺の車椅子にヘリのエンジンのっけて飛べるように改造したら、みんなぶっとぶよなぁ?あはは」

ヘリが遠くに去り、エンジン音が聞こえなくなったころ、
男は意を決したように、窓際に立つ拓治郎の背中に顔を向けた。

そして男は初めて言葉を発した。

「・・・・亜鬼場さん」


男の名は梶原茂樹といった。
数年前から明光園で暮らしているらしい。歳は拓治郎より3つ若い62歳。

私立の明光園には65歳入園の規定がない。高齢者にはだいたい2つのパターンがあり、
拓治郎の様に、65歳になって養護法で強制的に無理やり養老院に入らされる高齢者と、
65歳を待たずに自費でみずから私立の養老院に入園する高齢者がいる。
自主入園の事情は人によってさまざまだが、国も高齢者の自主的な早期入園を奨励しており、
自主的な入園者には、国からそれなりの援助も支給される。
梶原と名乗ったその男も、何らかの理由で早期自主入園を選んだにちがいない。

「そんで梶原さん。あんたなんでこの俺を襲ったんだ?」

「・・・・・・・」




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