04)本牧


「・・・もうこんな時間だわ・・・どおしよう・・・」

コンソールに浮かんだ、21:26というオレンジ色のデジタル数字を見て、顔を曇らすBODY。
そして、運転しながら右の助手席に放り出してあったバックに手を伸ばす。

本牧インターを降り、つき当たりの信号を右折しながらバックの中をゴソゴソと手でさぐり、携帯をやっとさがしあて、
前を向いたまま、取り出した携帯のフリップを片手であけ、センタージョグをクリクリ動かしコールボタンを押す。
ブラインドタイプならぬ、ブラインドコール。

最初の呼び出し音の途中で、出るなり相手が不機嫌そうな声をたてる。

《おせえよ。お前、今どこ走ってんだ?》
「ごめん。もう本牧に着いてる。もちょっとだから。ごめん。待ってて」
《ちっ・・・ったくよぉ。・・・つかえねえオンナだなぁ。はやくこいよ》
プツン・・・・ツー・ツー

「・・・・・・」

ぶっきらぼうに切られ一瞬泣きそうな顔をしたBODYだが、とにかく急がなきゃと思いなおしたのか、
フリップをたたんだ携帯をそのまま助手席に放り、次の信号を左折する。
今の一連の動作で、形の良い綺麗に手入れされたネイルに傷がついたことにも気がついていない。

その先のやけにオウムの手配看板が目立つ警察署の角を左にまがると、本牧のメインストリートに入る。

この時間の本牧は人もまばらで寂しい。開発され綺麗で大きなショッピングモールが並んでいるが、
こんなはずじゃなかったのに、というムードに溢れている。
メインの通りに面して不自然に明かりを放っている大きなショーウインドウも、
思ったほど人が集まらないさびれた雰囲気をかえって強調しているかんじだ。
そのあまり役にたっていないマイカルの大きな建物の並びを通り過ぎると、
しばらく行った右側にイタリアンのファミレスが見えてきた。

車はその店の前、つまり道路をはさんだ反対側に止まる。

外から、そんなに客の入っていない店内が見える。BODYはシートベルトをはずしながら、店内に目を向け、
こっちを向いて不機嫌そうな顔をしている男を発見すると、助手席側に背を丸め顔の前で両手を拝むようにして“ごめん”のサインを送った。

BODYは、とりあえずバッグの中から財布だけを取り出し、先ほどシートに放り投げた携帯を拾って車をおりた。
車道を横断するタイミングを待っている間に、もういちど、店内の男に“ごめん”のジェスチャー。
店内の男は、それを無視するように煙草に火をつけた。

「ヒデちゃんごめん。仕事がおしちゃってなかなか終らなかったの。ホントにごめん」

ふてくされた男の正面に座るなり泣きそうな顔であやまるBODY。

「・・・・・・」

ワックスで立てたアッシュに染めた短めの髪。日焼けしたあっさり系のマスク。歳は26〜7くらいか?
ヒデと呼ばれたその男は、形の良い眉をしかめ、謝っているBODYを無視して外を見ている。
窓の外、道路の向こう側には、BODYの乗ってきたジャパンレッドのBMW330Ci Cabrioletが、ルーフを開けたままで止まっている。

「ごめんなさい。いっぱい待たしちゃって。ホントにごめんなさい」

「・・・・・・」

テーブルに乗り出しながら懇願する目で謝るBODYから顔をそむけ、なおもその男は無言のままだ。

「ヒデちゃん・・・ごめん。もう絶対ヒデちゃんを待たせたりしないから・・許して・・・」

「・・・・・・」

こういう場合の沈黙は一番残酷だ。男は明らかにそれを知っていてわざとやっている。
BODYは泣きそうな顔で、どうすることもできない状況に自分を追い込むその残酷なイケメン男を見つめる。

あやまる以外には何もすることができないBODYはもう一度懇願する。

「ごめんなさい・・・許して・・・ヒデちゃん・・・ごめんなさい」

視線をあわせないまま男が振り向いた。一瞬ほっとした顔をしたBODY。
しかし次の瞬間、その男はテーブルの上にあったコーヒーのカップをつかむと、BODYに向かってコーヒーをぶちまけた。

「きゃっ」

「お前が遅いからコーヒーもこんなに冷えちまったじゃねえか・・・こんなの飲めやしねえよ・・・あ?」





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