05)なじり
BODYの発した声で他のテーブルの客の何人かが振り向く。
しかし二人の様子でみながそこに展開されている光景を察知し、すぐ見て見ぬふりに変わった。
店内で交わされているすべての会話が不自然になり、皆、耳だけでこちらに気を向けている。
「何時間待たせんだよこの馬鹿オンナ。あ?」
男の言葉はBODYの身動きを封じ、BODYは濡れたまま男の次の言葉を待つしかない。
BODYのちょっと明るめに染めた手入れの良いレイヤードの細くて柔らかそうなセミロングの髪に、
くっきりした目と小ぶりでやや厚めの唇が印象的な小さな顔に、
そして、上品なベージュのスーツの豊かな胸元と白いブラウスに、
かけられたままの煮詰まったコーヒーのどす黒い色素と冷たさが滴る。
「ほ〜んと使えねえよなぁお前ってオンナはよぉ。あ?」
何も言えず、コーヒーでヒタヒタなったテーブルに目を落とす、自分もコーヒーでヒタヒタなBODY。
「普段ちょっとぐらいチヤホヤされてっからってよぉ。いい気になってんじゃねぇよ。あ?」
姿勢の良い、立体感を兼ね備えたスリムな体躯に、すらりと伸びやかな四肢。
知的さや、上品さとちょうど良いコントラストで漂う色気。
たぶんすれちがう男は思わずみな振り返るであろう。
そんなBODYがドブネズミ色に染められ、理不尽に、そして一方的になじられている。
「・・・・ごめんなさい」
ある種卑屈なそのBODYの姿勢が、さらに男の残忍さを助長しているようだ。
な・なんなんだこの二人は?なんなんだこの男は?そしてなんなんだこのコーヒーは?
ううう・・・だいぶ慣れてはきたが、正直、俺には憑依している時のこんな場面が一番きつい。
BODYに一切干渉しないと決めている俺ではあるが、いちお今、俺とこのBODYは同じ肉体を共有しているのだ。
BODYの五感や思考や記憶、感情は遮断しているが、俺は俺で、俺の感情を持っている。
しかも、俺にすりゃあ、先ほど憑依しての、いきなりのコーヒー攻撃だ。
普段から自分の感情を抑える訓練はしているつもりだが、怒りの情動を抑えるのは特に難しい。
ううう・・・
俺はまだ憑依したばかりで詳しい経緯は知ったこっちゃないが、
男のあまりの仕打ちに、そしてBODYのあまりの卑屈さに、さすがに腹が立ってきた。
「さっきから謝ってるだけだけどよぉ馬鹿オンナ。お前、ほ〜んとに悪いと思ってんのか?反省してんのか?あ?」
男はまるで、権威をかさにきているような態度だ。
古い日本の戦争映画に出てくる、サディスティックな上官ってとこか。
「ごめんなさい・・・ホントにごめんなさい・・・」
ひたすら許しを懇願するBODYを見て一瞬フフと薄ら笑いを浮かべ、そしてすぐ表情を戻す男。
そして、放り投げるようにあっさりと言った。
「ほいじゃ、お前、そこで土下座しろ」
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