06)どぶねずみ


「え?・・・・・」

唐突な土下座命令にさすがに固まるBODY。
男は、最初から予想していたBODYの困る様子を見て、用意してある次の言葉をBODYに投げる。

「土下座もできねぇってか?え?でなにがごめんなさいだ?あ?ほれやっぱお前、口先だけじゃねえか馬鹿」

「・・・・・」

「演技なんてしてんじゃねえよ馬鹿。テレビにでてっからってお高くとまってんのか?あ?」

思い出した・・・。俺は今度のこのBODYをさっきからどっかで見た事があると思っていたのだが、
あれだ。ん〜と、アナウンサーの村上静香だ。
どこの局だったかまでは覚えちゃいないが、最近もなんかの週刊誌のグラビアページでも見かけた顔だ。
間違いない。
しかしこの状況のBODYが、ブラウン管に映る美しく聡明でプライドに満ち溢れた彼女とはあまりにもかけはなれたイメージなので、
今まで気がつかなかったのだ。

「演技なんかじゃない・・・・ホントにごめんなさい」

「なんじゃそれ?口先はいいからよぉ。ごめんなさいなら土下座だろ普通。あ?」

「・・・・・・」

「ほれ。土下座してみろ馬鹿」

下を向いてどうしたらいいのか考えていた様子だったBODYが、意を決したようにテーブルから立ち上がった。
そして、通路にひざまずき、ファミレスのフローリングに手をつける。

「お?馬鹿オンナがちゃんと謝るってか?いいねえ」

BODYは男の言葉は無視し、そのまま汚れた床に手のひらをつけ、頭を深く垂れて謝った。

「ごめんなさい」

「なんだ?それ?それが土下座か?あ?それじゃちっとも誠意が伝わってこねえんだよ馬鹿」

もう一度さっきより深く頭を垂れるBODY。セミロングの髪が床にこぼれているコーヒーに浸かる。

「ごめんなさい」

すいている店内の会話はすでに止まり、客のいるテーブルすべてが、今、このテーブルで起こっている出来事をうかがっている。
今、コーヒーのこぼれたファミレスの床に土下座させられている女性が、
売れっ子アナウンサーの村上静香だということも、皆うすうす気がついている様子だ。
フロアーにいる若いアルバイト店員も、雰囲気にのまれ何も言ってこない。

さらしものであるBODYに向かって、なお執拗に責めを続ける男。

「お前なぁ。土座下っていうもんは、床に顔くっつけてはじめて土下座って呼べんだよ馬鹿」

一瞬目を閉じ息を飲むBODY。そして一度男の目に視線を合わせ、再びゆっくりと頭を垂れる。

「ごめんなさい・・・すみませんでした」

額と鼻を汚れた床につけ、もはや髪はほとんど床に散らばっている。
その体制のまま、もう一度丁寧にあやまるBODY。

「すみませんでした・・・お許し下さい」

そう言って身体を上げたBODYは、こぼれたコーヒーと床の汚れでどぶねすみの様になっていた。

許しを懇願するどぶねずみの視線を、男は見るのもいやだという様子で避け、
やにわにテーブルに置いてあったマルボロとライターをつかむと席を立った。 

「帰る」

そう一言いうと、男は振り向きもせず店を出ていった。




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