08)気配


あの日から数日間、俺はおとなしく、しがない“HAND TO HAND”らしく、BODYに干渉しないで過ごしていた。
それでも俺はBODYと24時間行動を共にしているわけで、その気はなくともだんだんとこのBODYの日常を把握していった。

その後、例のあのヒデとかいう残酷男からの連絡はないが、BODYがいつもあの男の事を考えているのはわかっていたし、
連絡を心から待っているのも知っていた。もちろんこちらからの電話はみごとに無視されている。

仕事の時でも、さすがオンエアーの最中だけは、いつものみんなが知っているとおりの村上静香でいたが、
CM中や待ちが入った時などは、時折、心ここにあらずといった様子で、

「どしたの村上ちゃん。最近元気ないんじゃない?」

以前から静香に気があるハゲで油ぎった辛口で有名なゲストコメンテーターの大学教授が声をかけた時にも、
その無神経で粘着性のある粗野な響きの声がまるで耳に入らないかのように無反応だった。

「ち・・なんだあいつ。いい気になりやがって・・・」

無視された大学教授がくやしまぎれにこぼした一言も、まったくBODYには聴こえていないようだった。

26:38。今日もようやく番組の収録が終り、BODYはメイクもそのままのややテカリの出た疲れた顔で、
お台場にある妙な形をした局舎の外面ガラス張りの展望エレベーターに乗り込むと、
地下の駐車場のボタンに触れ、ふっと身体の力を抜いてエレベーターの壁に寄りかかった。

都会特有のいつまでも薄明るい空にライトアップされ浮かぶ鉄筋の竜のようなレインボーブリッジの姿や、
誰かが見栄えのいいように豆電球をばらまいたような対岸の都心の光景も、
とにかく展望エレベーターからパノラマで広がるお台場の風景すべてが、
みな薄い幕の向こう側にあるように感じられる。

高速で下降していくエレベーターの中で目を閉じると、床が急にやわらかく足元の感覚があいまいになり、
地下へ向かって降りているはずの身体が、逆に宙にフワリと浮いているような頼りない感覚になる。

クラクラしながら、このまま暗闇の東京湾の底まで落ちていったらどうしよう・・・そんな事を考えている時、
地下に着いた途端に重力が戻った。こんなに私重かったかしら?そう思うほど、戻った身体が重く感じられた。

地下駐車場に降りると、ひっそりとした、もうあまり車の残っていない静かな場内をBゾーンに向かって歩く。
照明も何割かは消され、薄暗くなったコンクリートの巨大なガレージにコツコツとヒールの音だけが反響している。

「!」

突然BODYが立ち止まった。そして、あたりを探るように振りかえる。

「・・・・・」

ちょっと首をかしげ、そしてまた歩きだすBODY。
コツコツとヒールの音が、誰もいない場内に響いている。

するとまた立ち止まるBODY。
今度は、何かを確信した様子であたりを見回している。

「・・・・・」

こいつ・・・俺の存在に気付いている・・・

そう、BODYは俺の気配を感じたのだ。ごくたまにそういった感覚の鋭いBODYに出くわすことがある。
しかも俺は、例の一件以来、注意してないとBODYへの感情移入が度を超えてしまうと自分自身で意識しているので、
よけいにBODYに対して気配を放っているのかもしれなかった。

まずい・・・

「誰?誰かいるの?」

さすがにBODYも、霊体の“HAND TO HAND”である俺が自分のそばにいるなんてことは思うはずがなく、
他の誰かが、駐車場の中に潜んでいるのではないか?と思ったらしい。

シ〜〜〜ン・・・・

俺は息をひそめる必要などまったくないのだが、馬鹿みたいに思わず息をひそめてしまった。
ははは・・・BODYにビビって息をひそめる霊魂など前代未聞だよな。



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