09)安らぎ


午前4:00。BODYはぐっすりと寝入っている。
ダブルベッドには枕が2つ置かれている。BODYはいつも必ず、二人で寝た場合に自分が相手の左側にくる方の枕を使う。
残った片方は、もういつ来るかわからぬヒデのための枕だ。
よほど疲れが溜まっているのだろう。寝返りもほとんどせず長い手足を小さくまとめ、BODYは広いベッドの片側で一人静かに寝息をたてている。
今夜も枕は涙でしめっている。


“HAND TO HAND”なんてものになっちまってから俺は、ただの一度も寝たことがない。
生身の肉体をもたないので当然といえば当然だが、俺はまったく睡眠を必要としないのだ。

人生の約三分の一を睡眠にあてなければならなかった以前に比べ、
さぞや色々な事が効率よくできて便利なんじゃないかと最初の頃は思ったものだが、
実際は全然そんなことはなかった。

前にも言ったが、このあたりの事を説明するには言語というモノが役にたたないので大雑把に言うが、
つまり、“HANDO TO HAND”とBODYは、“一心同体”ならぬ“二心同体”の状態だ。
通常、BODYが覚醒している時は、その肉体をBODYがコントロールしている。
“HAND TO HAND”は、あえてBODYの脳や神経に干渉しないかぎり、ただ側で見ているだけの存在だ。

BODYが起きている時に無理に干渉すると、BODYの感じている五感や感情が、どっとこちらに流れ込んでくることは以前話した。
しかし、寝ている間のBODYは、霊的にまるで無防備になる。
“HAND TO HAND”にとっては、まるで鍵のかかっていない、いや、ドアが開いたままの部屋みたいなもんだ。
だから“HAND TO HAND”は、BODYの睡眠中に、その無防備なBODYに入っていき、“ひと休み”する。

“ひと休み”などという馬鹿な表現は笑われそうで、うまく言葉に表せないのがもどかしいが、
“ひと時の物理的な安定を求める”とでも言うか。
例えていうのなら、いつも三次元の空間を飛んでいる鳥が、二次元の平面に降り立つかんじか。

肉体のない意識、つまり霊体というのは、正直とても“いごごち”が悪いのだ。
文字通りに地に足がついていない状態を想像してもらいたい。
無重力で、上も下も右も左もない宙ぶらりんなまま存在しているというのは、ことのほか頼りない。
だから多くの“HAND TO HAND”は、BODYの睡眠中に、“物理的な安定(安らぎ?)”を求めてBODYに入り込む。

その睡眠中の干渉のほとんどはBODYに意識されることはないので、BODYはそれに気づかない。
ただ、BODYの眠りが浅いと、時々、“肉体の共有”だけでなく“意識の共有”が起こってしまうことがある。

そんな時には、BODYに“夢”というかたちで“視覚的でバーチャル”な刺激を与えてしまったり、
“カナシバリ”というかたちで“肉体的でリアル”な刺激を与えてしまう事もある。
そうすると当然、BODYの記憶、意識、感情が“HAND TO HAND”にも多少流れ込んでくるので、
どうしてもお互いに影響を受けてしまう。

という訳で、BODYへの干渉を極力避けている俺は、たとえ睡眠中でもBODYへの入り込みはしない。
だからBODYの寝ている間にやることなんて何もないのだ。
せいぜいこんな下らない説明をすることぐらいだ。

まぁもっとも、“HAND TO HAND”は、その物理的な肉体から解放されているおかげで、
自己防衛の必要性とは縁のない、つまり、死や危険にたいする恐怖や、社会的な不安のない、
いわば“弱み”のない自分でいられるわけだけれど・・・

実際、“HAND TO HAND”になって俺は変わった。
いや、変わったというよりも、本来の俺でいられるようになったと言うべきか?

肉体があった頃、俺には常に“守るもの”があった。
逆にいえば、人生とは“生きる”こと、つまり“守る”ことだったように思う。
命、愛する人、友人、仕事、家庭、子供、財産、世間体、義務、責任、立場・・・
それこそ、守らねばいけないものだらけ。
どのくらい守らねばならないものに囲まれることができるかが、“幸福”の尺度だったのかもしれない。

しかし、“守るもの”があるということは、“弱さ”“弱点”を持つということだ。
そして“弱点”を持つということは、社会の中で本来の自分ではいられないということだ。

今の俺に“怖いもの”なんてない。“失うもの”が何もないからだ。
命さえない“HAND TO HAND”に怖いものや不安なんてあろうはずがない。

じゃあ、なんで多くの“HAND TO HAND”が、BODYの“安らぎ”を求めるのか???!

・・・・・・・・

冷静にこんなことを考えるようになったなんて、俺もちょっとは霊体でいることに慣れてきたってことかな?

それがいい事なのか、悪い事なのかは俺にはわからない。
だが幸い、俺には時間だけはたっぷりある。
俺なりの答えが見つかるまで、まぁ、じっくり考えてみるか。




・ 次頁へ
・ 前頁へ
・ 表紙へ

・ TAKUプロフィール
・ 無理矢理なメニュー!
・ ケータイTOP